毒性変化の推移
ふぐの卵巣の糠漬けでは、塩蔵時の食塩濃度が高く、漬け込み期間も長いです。 古くよりこれは毒消しのためだといわれてきました。
製造工程中の毒性変化を調べた例では、 原料の卵巣の毒性は443MU/g(マウスユニット)と非常に高いにもかかわらず、塩漬け7ヶ月後には90MU/gに、 また糠漬け2年目には14MU/gにまで減毒します。
その毒性はテトロドトキシンといい、青酸カリの100倍、2~3mgで人の致死量に達するほどの猛毒です。
つまり、テトロドトキシンの量は塩蔵時に原料の5分の1、糠蔵時に30分の1にまで低下するということになります。
このように糠漬け後の卵巣の毒量が減少する原因については、 製造過程で毒が塩水および糠中に拡散して平均化することがいわれてきました。
このことも原因のひとつでしょうが、その場合には総毒量が糠漬け1年後には もとの1/10ほどに減っていることから、その他の原因も考えられます。
微生物、乳酸菌の働きによる減毒の可能性
卵巣を塩漬けし、脂質が分離し水分とともに外部に析出し、このときに毒素が希釈されるという塩析効果以外に、何らかの減毒作用があったのではないかと考えられます。
あるとすれば、微生物、乳酸菌による働きです。乳酸菌による発酵作用によって、糠漬内に残っているテトロドトキシンが分解され、毒量が減少するのではないかと考えられています。
発酵食品である特性上、当然微生物にその期待がかかりますが、 ただ加熱滅菌した糠漬け卵巣と非滅菌の糠漬け卵巣にフグ毒を添加して24時間貯蔵しても、 両者に違いが見られません。また、ふぐ毒添加培地に糠漬けより分離した各種微生物 約200株を接種した実験でも、毒力の減少への微生物の寄与がみられない、 などから微生物の関与は可能性が低いと言わざるを得ないのが現状です。
僅かな構造変化による減毒の可能性
ふぐ毒であるテトロドトキシンにはいくつかの類縁体があり、これらは少しずつ化学構造が違うだけです。
しかし、実は類縁体の毒力はテトロドトキシンの数十分の一になるので、仮に塩蔵や糠漬け中に、このようなわずかな 構造変化が非生物学的に起こったとしたなら、毒力が低下することも考えられます。
ただ、非生物学的とは即ち、科学的な確証は得られていないということです。
なぜ毒が抜けるのかということになると、謎は残ったままなのであり、今のところよく分かっていないと言わざるを得ません。